園芸・渓流釣り・温泉

まえがき (黒部川の支流を目指す、達成まで5年)


 
 これは北アルプス黒部川下ノ廊下に行ったときの記録である。最終的には
単独で釣行することになってしまったが、怖いもの知らずの愚かな行動だった
かも知れない。

今でも、強烈な印象で脳裏に焼きついている。古いものであるが、書き溜め
ていたものを、記憶をたどり、書き直しながら進めて行くつもりである。

写真と文とは一致していない。後で順路に合わせてカットとして挿入した。








関西電力の換気口

写真の換気口の下に、トンネルがあるらしい。不気味で異様な感じがした。
目的の渓流は、このすぐ近くに位置している。



 



  重いザックを背負って急な山道を喘ぎながら登った。重いと言っても約30kg
だが、私にとっては充分重かった。

60リットル大型ザックには、ハーケンほか登攀用具一式、10_40mザイル、
テント、シュラフ、食料、カメラ、釣具一式、自炊用具一式、アタックザック、
衣類、その他を詰め込んでいた。

その重さは肩に食い込み、立ち上がって調子を整えないとふらついて普通に
歩けない。しばらく歩き続ければ身体がバランスを取ってくれて、なんとか歩け
るようになる。

ベテランの登山家が50・60kg を背負って、すいすいと歩いている姿を見る
につけ、彼等は 「慣れている」 とは思うが、自分の体力と比べて大きな
隔たりを感じた。

 私はそれでも、ザックの中身は必要最少の用具に絞っていた。苦肉の策で
どうしても必要な物だけを撰んだ。

衣類の畳み方も考えて、できるだけ容積を少なく、また、同じ用途なら軽い
材質のもの、他のもので兼用できるものは持たない、食料も少なめ、などの
工夫をしていた。

繰り返し挑戦して得た苦い体験のささやかな知恵である。


 振返えれば、今日の山行きは、5度目・5年目・連続5回目の挑戦であった。
あるキッカケから「一つの目標」に向かって邁進する事になってしまったのである。

それはあたかも、何かに憑かれたような、引き寄せられるような、不思議な
感覚だった。




登山道の途中から見える雪渓

渓流釣りの魅力?


以前からイワナ・ヤマメの渓流釣りをやっている。釣りは子供の頃から好きだった。

いろいろある釣りの中で源流の渓流釣りに執着したのは、もともと山が好きで、
山の佇まいのパーツでもある山水草木、土くれの自然の匂い、野鳥、花、
小動物などがかもし出す雰囲気に魅了されていて、「山」と「釣り」 が融合した
からかも知れない。

 今まで各地の小渓流をずいぶん遡行した。好奇心が強いからか、意識的に同じ
渓流を避けて違う渓流を目指した。決まった場所で、その渓流に行けば多分
釣れる事はそれとなく判っていても、1、2回行くと興味はなぜか薄れてしまった。

その都度、違う渓流でドキドキして僅かな興奮を覚えながら釣るのが楽しく、
初めて出会う渓流の状況の物珍しさと、釣れるかどうかも判らない釣果の期待で、
胸がふくらんでいた。

青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、新潟、群馬、栃木、茨城、埼玉、東京、
山梨、神奈川、長野、静岡、富山、石川、福井、岐阜、徳島 の各地を

年に僅か数回であるが、その物好きの食指が動いて釣リ歩いた。もちろん、他の
用事で行ったついでに竿を出した所も含まれている。

なるべく他の釣り人が行かない所、釣りの本や雑誌で紹介されていないような
無名の小さな沢を故意に選んで入渓した。

釣果そのものよりも、結果までのアプローチの長さと期待感に魅力を感じていて、
釣れれば楽しいに違いないが、簡潔に言えば 「山紫水明にどっぷり漬かる事」
と言った方が合っているようだ。




垣間見る山「小黒部」



 釣れるに越した事はない。普通、釣り人は大物・数釣りを第一目標に釣行する。
この辺が自分は少し違っていた。

行く回数も僅かだから当然、釣りは下手だし良い釣果はほとんど味わっていない。
かといって、執拗に釣りの技術を体得して 「特別に上手になって素晴らしい
釣果を得たい」 という気持ちに何故かならないのである。

 遡行しただけで、ほぼ満足してしまう。言うなれば釣りながら気が浮いて他の
事も考えたりしている。山の景色・樹の種類・野鳥・野草・岩や石・苔・キノコや
山菜・その他 諸々に気を取られながら釣ったりしている。

もっと釣りに集中すれば良いようだが、近年、ほかの物に注目する割合が増して
きている。その日のテーマソングみたいになった同じ歌を唄いながら、人が居ない
ことを素早く見定めるやいなや、ボリュームを上げて、、、。
あまり真剣味の無い、いい加減な釣り人らしい。

 少し違うが山歩きでも、有名な百名山を故意に避けて名もないような山が
なんとなく好きで今でも時々登っている。

釣りの本も山の本も稀に購入する時もあるが、それは、その本に書いてある
アドバイスを得る為もあるが、そこに書いてある場所を避けるための参考書にも
なっている時もあって、変な利用者のようだ。

たまには、本のアドバイスの通りに釣りに行ってみた事もある。だが、「なるほど、
なるほど、、、。」とは感じても、自明の理というか 「それで当然」 という事で特別
に感動しないのだ。

 温泉が好きで、以前ある有名な温泉に行った。例の提灯がぶらさがっている
秘湯を売りにしている温泉である。だいたい見当はついていたのだが、一度は
体験してみようと思って何ヶ所か訪れて入湯した。

 確かに天然温泉らしいが、秘湯とは名ばかりで、実情は客が集中してしまって
俗化しているようだった。なるほど、浴槽は大きくユッタリしていたが、その大きな
浴槽に客が多勢入っていて、まるで四角い木製の炊事用トレイに、大げさに
言えばジャガイモやカボチャが浮かんでいるような光景だった。

宿の外観は、それらしい風情を装ってはいたが、「秘湯とは何だろう?」 と
改めて考え直す破目になってしまった

温泉、それも鄙びた(ひなびた) 静かな雰囲気の本当の「秘湯」が狙いなのだが、
今では残念ながら無理な望みらしい。

例えは悪いが、「良くて当たり前、釣れて当たり前、行列しなければならない」 
という条件付お見通しの場所には総じて行きたくない! という事に
なってしまったようだ。

それでいつしか、成り行き上、自分だけの秘密の釣り場を探索するようになった。
その方がよしんば釣れなくても魅力が有って楽しいのである。

ある種の狭い了見と言うか的外れで、わずかに臍がズレているのかもしれない。








 







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