園芸・渓流釣り・温泉

いよいよ出発!


  黒部峡谷鉄道は快適だった。「宇奈月」から「欅平」行きの朝一番は8時頃と記憶して

いるが、宇奈月駅前には100人位の出札を待つ人の行列ができていた。


彼と私は、乗車予約の賜で、座れるかどうか不安げに待つ長蛇の行列を尻目に先頭の
グループより先に乗車することができた。

こういう待遇があるとは知らなかった。確実に乗れれば良い位の安易な考えで予約した
のだが、優先的に指定席扱いで列車の一番前の席に座れるとは思っていなかった。

行列で待っている人達は、予約を知らないか、もしくは知っていても面倒な理由でやむ
なく行列しているのだろうと想像した。

 幸先の良いスタートで彼と私は満足だった。多分、その時の二人の表情は得意満面
だったに違いない。機転を利かして予約しておいて良かったのだ。




歩きやすい水平道もある

水平道は部分的にこんな平坦な道もある。 左下は黒部川まで
約200mの断崖になっている。全部がこういう道なら歩き易いが、
こんな所は、ほんの僅かだ。




 ただ、今思うと、日電歩道を阿曽原小屋までの道すがらの写真が残っていないのが
非常に残念である。数箇所を撮影した記憶はあるが何処かに仕舞い込んだか、ある
いは、良く撮れてなかったので捨ててしまったかのかも知れない。

「目的地東谷になんとしても到着する」ことに夢中になっていて、正直言うと写真を撮る
余裕などなかったのである。写真は後日のもので、写真が無いとさみしいから、適当に
イメージで描いた絵や、後日撮った写真を挿入した。

順序立てて行程に添って写真を撮り、文章の合間に情景説明として挿入して判り易く
進めて行くのが理想のような気がする。

だが、当初から、後で釣行記録を書くことになるとは思っていなかったし、順序立てた
計画もなく、目的も違っていたから、なかなか、あっちもこっちもと言う訳には行かない。
上手い具合にはならないものである。



 遊園地のオモチャような列車は風を切って走り左右の景色もよく見えた。途中、黒薙
川・猫又谷・不帰谷を横切る。黒部川本流に注ぐそれらの沢は思いのほか激流である。

観光で眺めるのと違って、その凄まじい流れは遊覧気分を打ち消し、現実に引き戻す
のに充分な光景だった。

その迫力は、目指す「東谷」付近の黒部川本流の険しさを思い知らせていた。「果たし
て東谷出合の本流を渡れるだろうか?」 不安は頭をよぎり身の引き締まるような感じ
でもあった。

トロッコ列車は、様々な目的を胸中に秘めているだろう思われる、そんな人々を乗せて
高所を静かにゆっくりと走り、終点の「欅平」に到着した。

初めて水平道を歩く


 欅平駅前から急な坂道を日電歩道まで200m登った。身体が慣れていないから非常
にきつい。喘ぎながらなんとか平らな道に着いた。前方に延々と日電歩道(通称水平
道)が続いている。

その道を二人で黙々と歩いた。山の横壁を削って造ったのだろう、高い所によく造った
ものだ。左手の眼下には黒部川中流域本谷が滔々と流れているのが見える。晴天
で暑かった。

水平道と言われているが、それは全体的に見ての話である。各所にアップダウンが有り
部分的には厳しいアルバイトも強いられる。

山ひだを縫うように進むと、道の角度が変わって時折、心地よい風が汗だくの身体を
冷やしてくれてホッとする。帰路に気づいたのだが、水平道全体は大きく見て黒部川の
流れに沿ってゆるい傾斜で造られていた。

 折尾谷だったと思うが谷が崩れて水平道が途切れている個所が有った。毎年雪崩に
遣られて水平道を維持することが出来なかったらしく、その部分だけ隧道になっていた。

やっと人1人が通れる位の狭い横穴である。幅1m、高さ1m、長さ100m 位の、もし
上の岩が崩れたら生き埋めは間違い無さそうな隧道だった。




絵は写真が無いので見た記憶を描いたものである。右の黒い穴
が入り口で左へと通じている。中央のガレの下は川まで約200m
位あって上からの雪崩の通り道のようだ。いくら水平道を修理して
もひとたまりもないと思った。それでトンネルにしたようだ。



 懐中電灯で探りながら少しづつ進んだ。気を付けないと肩や頭を削った岩の出っ張
りにぶつけそうになる。持参しなかったがヘルメットの必要性を感じた。冷たい水滴が
したたり落ちる暗い中を、中腰で注意しながら、どうにか通過することができた。

一般的には5時間位で阿曽原小屋まで行けると何かに書いてあったが、自分達は
余計に掛かるだろうと6時間位を所要時間として計画していた。

途中上流を目指す何人かの登山グループと出合った。オリオ谷を過ぎて道が少し
広くなった辺りで、3・4人グループが道端にテントを張っていた。

「ここでキャンプ?」 と聞いたところ、「もう駄目だ、バテバテだ、、 、。」 と苦笑いし
ながら答えた。汗びっしょりで、かなり参っている様子。この場所で一晩過ごすらしい。

酔っ払いの話で恐縮だが、例えば2人で飲んでいるときに片方がベロベロに酔うと
片や1人は、不思議にシャンとしてしまう。同じように飲んでいても酒が醒めてしま
うらしい。

街で見掛ける酔っ払いは、それが3人でも5人でもその中の1人が悪酔いすると、残り
の数人はなぜか介抱などしたりして、それとなくシッカリしているから面白い。

特別な場合を除き複数でベロベロになっている光景をあまり見掛けない。多分、野宿
のグループも中の1人がバテてしまったのだろう。




これは、元職漁師のS氏から戴いた毛バリである。前にも説明
したが、「海津ばり」に鶏の毛を簡単に捲いたもの。海でカイズ
を釣るときに使うハリは丈夫で鋭い。大イワナが掛かっても、容
易に曲がったり折れたりしそうになかった。(大きさは12号)




 急な上り坂を登りきった所で私は、Kちゃんを促して休むことにした。そしてザックから
密かに持ってきた酸素ボトルを一本彼に渡した。彼は 「そんなもの要らない」 という
表情だったが笑いながらしぶしぶ受け取った。

私は、どれ程効果が有るのか試してみたかったのだ。2人でニヤニヤしながら吸っては
吐き、吸っては吐きを繰り返した。

効果抜群を期待していたのだが、残念というか特別な効果は無かった。2人共、酸欠
になるほどは参っていなかったのだろう。もっと息苦しく動けない程の状態なら、格段の
価値があったかも知れない。

ヒマラヤ登攀でもあるまいし、なんとも大げさな余計な荷物、やはり必要な携行品では
なかった。無用の長物だったが、試した結果だからしょうがない。「いざという時の心の
安心感を携えたのだ」と言い訳しておこう。

さいわい2人共まだ、体力が有ったという事である。





これも、毛バリと一緒にもらったテンカラのラインである。馬素を縒った
もので、軽く、竿を振ると絶妙な感じで翔ぶ。フワリと狙ったポイントに
着水する。長年、職漁師として生活していたプロの技術が結集した
優れものである。やはり、人から教わったり、真似事ではシンプルで
有効な道具は得られない。




 暫く歩き、水平道から少し谷側に道が広くせり出した所から、黒部川右岸に餓鬼谷
の稜線の谷間が見えた。そしてまた暫く歩いてやっと、目的の阿曽原温泉の位置を確
認できる場所までたどり着いた。

左右の垂直面は山襞で、くねくねした道だから目標の阿曽原温泉も見え隠れする。
「もう少しだ、、、。」 という思いがした。  小屋に着けば温泉にも入れるし祝杯?も
揚げられる。

何の祝杯でも良いのだ。重い荷を背負って、汗だくになり、ヨタヨタしながら辿り着いた
のだから「無事到着祝い」かな。

明日はどうするか、あの滝は越せるか、天気は? 早い話、阿曽原温泉の建屋が見
えたから、着いた と勝手に決めつけて、一時的に楽になったのを覚えている。

 阿曽原温泉の直ぐ下の沢でラストの休憩を摂ることにした。軽量の登山靴を脱いで
冷たい沢水に足を入れた。


 



 「阿曽原温泉」 は黒部川左岸の高台に有った。黒部川は欅平から蛇行しながら
此処まで続き、さらに上流の十字峡・黒四ダムを経て源流部に至っている。ダムまで
は水平道と共におおよそ平行して流れている。

「阿曽原温泉」の所は低くなっていて山荘は黒部川の岸の崖の上の眺めの良いとこ
ろにあった。


 約6時間で予定通りだった。山荘の空き地にテントを張る。飲み物は重いからポケ
ット瓶のウイスキーを持参していたが、元来は二人とも日本酒である。

 取り合えず、山荘の売店に行きビールを買って乾杯することにした。真夏に汗まみれ
で、たどり着き、明日の楽しみを心に秘めての祝杯。これぞまさに至福の時である。
---「乾杯!」

それから、飯を炊いてそそくさと食事を済ませる。山の夕暮れははやい。見上げる漆黒
の夜空は満天の星だった。少し下った所に露天風呂があり懐中電灯で急坂を降りて
みると、コンクリートで造られた長方形の大きな浴槽があった。

他に客は無く二人で貸し切り、ウイスキーを飲みながらドップリと湯に浸かる。好い湯
加減でトロンと眠くなるが、明日の期待で話もはずんだ。間近に黒部川の瀬音を聞き
ながらの入湯は最高だった。



 









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